滋賀県の大津保育園児死傷事故

こんばんは。

子供達を巻きこむ悲しい事故を引き起こした53歳の女性に怒りを感じるノッピーです。

元々の事故はこの53歳の女性の不注意がキッカケとなって起きてるんだけど、ネットニュースで公判の様子が報道されてるわけ。

そんで俺もこの事故の事は忘れかけてたんだけど、最近の公判でとんでもないことを言い出したのを聞き、とんでもねえヤツだと感じたのよ。

俺を含む小さな子供を持った親なら、この女性の言い分に対して激し怒りを感じてしまうだろう。

そこで今回は、この事故について俺の怒りを書いて行こうと思う。

事故はなぜ起きたのか?

子供達が亡くなる悲しい事故がなぜ起きたのか?をおさらいしておこう。

2019年の5月、滋賀県大津市の交差点で園児たちが歩いている列に車が突っ込んだ。

そして大勢をはねて2人が死亡し、14人が重軽傷を負ったという痛ましい事故なのよ。

事故が起きたキッカケが交差点で右折しようとしていた、犯人の女性って事ね。

交差点で右折する際に前方確認を行わず、対向車が来てるのに進入してしまい、対向車はこの車を咄嗟に交わそうとして園児たちの列に突っ込んでしまったわけ。

えっとね、事故を起こしたのは対向車なんだけど、実は事故の原因を作ったのが前方確認せずに右折したの女性なんだよね。

日常で交通事故ってのは起きてしまうんだけど、不注意によって幼い子供達が亡くなるのは子を持つ親として胸が苦しくなる。

そして亡くなった子供達はもう戻ってこない。子を亡くした親は一生その事を引きずって生きていくことになるだろうね。

こういった悲しい事故は注意すれば防ぐ事ができるんだよ。

特に子供が亡くなる事故の話は聞きたくないし、見たくもないのが俺の正直な気持ちだ。

だが、この事故を起こした原因を作った女性の言い分を聞いてると怒りしか湧いてこない。

事故の裁判における言い訳

この事故の裁判での言い訳が非常にイラっと来るのよ。

まず自分が事故の原因を作ってるにも関わらず、必死に自己保身のために言い訳を連発してる。

更に「不運が不運を呼んだ事故」とかさ、「(私は)子供がいるので(刑期が)短くなればいい」とか言っちゃってるわけですよ。

極めつけは「自分は100%悪いと言われ、納得いかない」とかぬかしやがる。

他にも「対向する車がブレーキを踏んでいれば」とか対向車に責任を擦り付けようとしてるわけ。

いやいや、お前が右折時に前方確認してたら事故は起きなかったんだよ。

この言い訳のオンパレードを聞いた遺族は怒りがこみ上げてくるだろうね。

俺が遺族なら裁判の傍聴席から自己中ババアに向かって殺す勢いで飛びかかってるよ。

まあ、このババアは自分が事故を起こした原因を作ったという自覚が一切ないからタチが悪い。

判決の延期という信じられない展開に

この事故の裁判の判決は16日に言い渡される予定だったわけ。

裁判の流れを簡単に言うと、禁錮5年6カ月が求刑されてたんだよね。

だが予想外の展開となって判決は延期されてしまうんだけど、被害者遺族の怒りに対して火に油を注ぐような事になった。

さっき書いたメディアの取材に対して言い放った言い訳により、検察側が審理の再開を申し立てたのよ。

また、事故を起こしてから保釈されている最中に出会い系サイトで知り合った男性にストーカーをしてたという。

しかも脅迫したり、執拗に追い詰めたりしてるんだけど、よくこんな事ができるよな。

事故に関しては、たまたま自分が不幸な目に遭ったくらいにしか思ってねーんじゃねーか?とすら感じる。

人が亡くなる事故を起こしておいてさ、出会い系サイトで男漁りするってのは頭おかしいとしか思えん。

大事な子供を事故で失いたくない

俺も3人の子を持つ親だから、大事な子供達を事故なんかで失いたくないのよ。

だからこそ、この犯人の女性に対してもの凄く怒りが込み上げてきてしまう。

昨日までは元気に過ごしていた子供達が、今日事故に巻き込まれて亡くなってしまうなんて考えたくもないよね。

だけど、こういった運転中の不注意による事故は残念だけど亡くなる事はないだろう。

事故ってのは自分が気を付けていても、相手側が気を付けていないと起こってしまうから。

それでも何とか大事な子供たちを不幸な事故から守ってあげる事はできないだろうか?と考える。

子を持つ親なら誰しも事故に遭ってほしくないと思うし、亡くなるなんて考えたくもないのよ。

できるだけ子供達を安全に過ごせるようにしてあげるのが親の務めだと思うし、自分で身を守れるようにもなってほしいとも思う。

運転中の不注意による事故を起こしたにも関わらず、反省に色が全く見られない女性に対し、俺もやり場のない怒りが沸いてくる。

この事故の裁判の判決はまだ出ないけど、可能な限り刑を重くしてほしいと願うばかりだ。